五十を過ぎて、本気で叱られる。その稽古場で気づいたこと

五十を過ぎて、本気で叱られる。その稽古場で気づいたこと

稽古場に、朝から張り詰めた空気が流れていました。今年も舞台『流れる雲よ』の稽古が始まったのです。指導してくださるのは、私が初めて舞台に立ったときからずっとお世話になっている大先輩です。その稽古に、妥協は一切ありませんでした。そして私も、容赦なくボロカスに怒られました。笑

五十を過ぎた人間が、本気で叱られる。そのことのありがたさを、私はこの歳になって噛みしめています。

妥協のない稽古場で、私は容赦なく怒られました

大先輩の指導は、熱がこもっていました。一つの立ち方、一つの間、一つの声。どれも「まあ、いいか」で通ることはありません。稽古場には、そういう甘さが入り込む隙がないのです。

私も例外ではありませんでした。年齢も肩書きも関係なく、ダメなものはダメと、はっきり言われます。正直に書けば、ボロカスに怒られました。その場では、うまく応えられない自分が情けなくもなります。

それでも、一つひとつの厳しい言葉の奥には、「もっと良くなれる」「もっと本気になれる」という想いが詰まっていることが伝わってきました。突き放すための言葉ではないのです。まだ伸びしろがあると信じているからこそ、妥協せずに向き合ってくださっている。そのことが、痛いほどわかりました。

私のとなりでは、特攻隊員の役を演じる若い役者が、大先輩の言葉を全身で受け止めながら、大粒の涙を流していました。その涙を見て、私は自分の背筋が伸びるのを感じました。

五十を過ぎて、本気で叱られるということ

歳を重ねるほど、人は叱られなくなります。まわりが気を遣ってくれるようになり、少々のことは笑って流してもらえる。ありがたいことのようでいて、私はそれを少し怖いと感じるようになりました。誰も本気で叱ってくれなくなったとき、人はそこで止まってしまうからです。

私は五十二歳で、俳優として舞台に立ち始めました。それまでは二十七年間、会社員として働いてきた人間です。演技の世界では、経歴も年齢も何の盾にもなりません。ゼロから教わり、ゼロから叱られる。最初は戸惑いました。この歳になって、こんなに直球で怒られることがあるのかと。

けれど今は、その一つひとつを、素直に受け止めようと思っています。怒られてへこむ自分がいてもいい。うまくできない弱さを、隠さなくてもいい。むしろ、叱ってくれる人がいることのほうが、はるかに幸運なのだと、この稽古場で改めて思いました。

怒られている最中は、頭が真っ白になることもあります。もっとうまくやりたいのに、体がついていかない。そんな自分を、正面から見せられる場所は、そう多くありません。稽古場は、その情けなさごと自分をさらけ出すことを許してくれる場所でもありました。取り繕っても、芝居はすぐに見抜かれてしまうからです。

四十八歳で会社を辞めたときも、私は完成された人間だったわけではありません。今も迷いますし、今も未熟です。それでも、本気の言葉を浴びて、少しでも良くなろうともがく時間は、いくつになっても人を育ててくれる。となりで涙を流していた若い役者と、私は同じ稽古場に立っている。年齢はずいぶん離れていても、同じ言葉を受け取り、同じように必死になれる。そのことが、素直に嬉しかったのです。

命をつなぎ、想いを届ける舞台だから

若い役者の涙を見て、私はもう一つ、大切なことに気づきました。この舞台は、ただ演じて拍手をもらうための作品ではないということです。

かつて確かに生きた人たちがいて、その命の上に、今の私たちの毎日があります。舞台に立つということは、その命をもう一度つなぎ、平和への想いを次の人へ届けるということです。だからこそ、稽古場に妥協は許されない。そう考えると、厳しさの意味が、まったく違って見えてきました。

これは、私が感動ムービー®の仕事で大切にしていることと、どこかでつながっています。私は「すべての人生は物語」だと信じています。一人ひとりの歩みには、必ず誰かの心を動かす力がある。その物語を、ごまかさず、飾りすぎず、まっすぐに届けたい。舞台の上でも、映像の仕事でも、私が向き合っているのは同じことなのだと思います。

厳しい稽古を重ねるのは、本番で観てくださる方の心を、少しでも震わせたいからです。手を抜いた表現は、人の心には届きません。それは、映像づくりの現場でも、まったく同じだと感じています。

あなたには、本気で向き合ってくれる人がいますか

大人になると、自分に本気でぶつかってくれる人は、だんだん減っていきます。だからこそ、厳しい言葉をくれる人の存在を、私は宝物のように感じています。

もし今、あなたのそばに、遠慮なく意見をくれる人がいるなら、それはとても幸せなことだと思います。その言葉の奥には、たいてい「もっと良くなってほしい」という願いが隠れています。受け止めるのは苦しくても、そこには前へ進むための入り口があるはずです。

私自身、まだまだ叱られながら学んでいる途中です。完成した人間として何かを語れるわけではありません。それでも、素直に受け止めて、また明日の稽古場に立つ。その繰り返しの先に、人の心を動かせる何かが生まれると信じています。

今年も、全力で舞台に挑みます。そして、この歳になっても本気で叱ってくれる人たちに、ただ感謝しています。あなたの人生にも、きっと誰かの心を動かす物語があります。もし、ご自身の歩みをじっくり言葉にしてみたくなったら、体験セッションでお話を聞かせてください。

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